トラウマインフォームドケアという言葉をご存知ですか?
お調べいただくと、非常に有益な情報がたくさん出てきますが、短く要約すると、
トラウマインフォームドケアとは、支援する側の態度として「トラウマに関する知識」があり、対象者に「トラウマがあるかもしれない、トラウマの影響があるのかもしれない」という姿勢で接し「トラウマに対して適切な対応を知っている」ことで「トラウマの再受傷を防ぐ」という考え方です。
児童精神科に臨床心理士として10年以上勤務してきた中で、このトラウマが一つの要因として生きにくさを抱える方々に出会ってきました。そして私自身セラピストとして「これは学ばなければいけない」と感じ、研修や研鑽を重ねてきました。患者様から学ぶことは本当にたくさんあるなと痛感します。
様々なトラウマケアに特化した心理療法を学び、実践する中で得た感覚や情報について皆さんと共有できたら良いなと考えています。
今回は知っていると得する、トラウマに関する知識のお話です。
メロウカウンセリングオフィスでは、トラウマケアに特化した心理療法をご提供することができます。まずはお申し込みを頂き、現在のお困りごとや生活のご様子をお聞きしながらトラウマケア適応かどうかの判断をさせていただきます。場合によっては、適応外と判断する場合もありますのでご了承ください。
トラウマってなに?
トラウマは「心の傷」と訳されることがあります。つまり、何か重大な事をきっかけに心身にとても大きな負荷がかかってしまい日常生活に支障が出てしまうという状態です。このトラウマの原因となる体験を大きく分けると以下の2つあります。
①単回性のトラウマ
これは事件事故などによって非常に大きなストレスを受けてしまいトラウマ化したものを言います。例えば、今まで健康に育ってきた人が不運にも交通事故に遭ってしまい、その影響で車の運転ができなくなってしまった、というような感じです。
②複雑性のトラウマ
これは虐待やいじめなど、繰り返し繰り返しストレスにさらされることによってトラウマ化したものを言います。例えば幼少期から繰り返し繰り返し父親から虐待を受けてきた方の中には、男性に対して恐怖心があるとか、狭い場所に男性と二人きりになると過呼吸になってしまう、など人それぞれですがトラウマ反応が出る方がいます。
PTSDとトラウマ
トラウマを一つの原因として日常生活に支障が出てくると「PTSD」という診断の対象となってきます。現在PTSDの症状としては大きく分けて3つあります。
- 再体験
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フラッシュバックのようなトラウマ場面を再体験する症状です。イメージの再体験もあれば音、気持ち、身体感覚のようなものもあります。時間の流れとしてはとても昔に起こった出来事なのに突如として記憶やイメージ、音、感情、身体感覚が思い出されて、あたかも今まさに起こっているかのような感覚に陥るものをフラッシュバックと言います。通常の思い出と違い、トラウマの記憶は非常に鮮明でインパクトが強いのが特徴です。
- 回避、麻痺
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トラウマに関連するような場所や人、場面を避けたり考えないようにしたりすることです。これは意識的にも無意識的にも生じる症状です。意識的に「あの場所には近寄りたくない」と考える方もいますが、無意識的にそれにまつわる記憶がごっそりと欠けていたり、感情が非常に平坦になって無感情のような状態になる方もいます。
- 過覚醒
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神経が興奮するため心の反応としてはイライラしたり不安になったり恐怖感がとれなかったり気分の落ち込みなどがあります。身体の反応としては不眠、過眠、食欲減退、腹痛頭痛など。これはそれぞれが単体で起こるというよりは、心の症状と身体の症状とか相乗効果のような形で出現してくる方が多いように感じます。
また、複雑性トラウマのような場合、PTSD症状が長期間続くことになります。つまり上記3つの症状が落ち着くことなく日々の中で連続的に起こっている状態が数年間続きます。そうしてくると慢性症状として以下のようなものが出てくると言われています。
- 感情調節困難
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長期間不安定な環境で過ごし、落ち着いて過ごせる期間の方が少なくなると、慢性的に不安イライラを抱えていることとなります。そのため感情コントロールを習得する機会が少なく感情調節困難となる場合があります。特にお子さんの場合ですと、感情コントロールだけでなく衝動などの自己コントロールを学ぶ大切な期間を喪失することになりますので、生活全般にわたってトラウマ関連症状というものが影響してくることになります。
- 自尊心の低下、対人関係困難
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上記3大症状や長期間トラウマにさらされることで、「自分はダメだ」「自分ではどうにもならない」など自責心やコントロール不能な状況が続きことで生じやすいです。また適切な対人関係スキルを学ぶ機会が少ないことから、対人関係困難を抱えることも多いです。トラウマを抱えた大人、子どもは他人を信用したり助けを求めることがとても難しいためストレス対処が自己完結型(依存、自傷)であったり、不器用であることが多いです。
- 陰性気分
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常に気分が落ち込んでいたり、度重なるフラッシュバックなどにより気分が落ち込み、自責感や鬱々とした気分が持続する方がいます。そうすることで動く気が無くなったり、昼夜逆転したりと生活リズムが整わないこともよくあります。
単回性の症状が長期間続くことで、心身ともに影響が出てきている状態です。
このような場合を「複雑性PTSD」と呼んだります。
単回性PTSDの場合は3つの症状=再体験、回避麻痺、過覚醒
複雑性PTSDの場合は上記に加えて、感情調節困難、自尊心の低下、陰性気分が入ってきます
トラウマとストレスの違い
私たちは日常生活の中でたくさんのストレスを抱えて生きています。また大きなトラウマはないと思うけど上記のような体験をしたことがあるよ、という人もたくさんいるでしょう。では、トラウマとストレスの違いはどんなところにあるのでしょうか。私の主観的なものも含めて記していきます。
①フラッシュバックの質
トラウマ(PTSD)におけるフラッシュバックの場合、「まさに今起きているような感覚」と語られることが多いです。例えば、幼少期に近所の人に怒られた、という体験をした場合を考えましょう。そこにトラウマのない人は当時は怖かったかもしれませんが、時間が経った今思い返した時に当時ほどのインパクトは無くなっているのではないでしょうか。セピア色の思い出となっていて、通常の記憶です。「時間感覚」がしっかりとあるからです。一方、トラウマ(PTSD)の場合、何かしらの影響で近所の人に怒られたことが深いトラウマとなっている場合には、それに意識を向けると「まさに今起きているような感覚」となって体験されます。まるで自分が幼少期にタイムスリップしたような無力感や足が鉛のようになり逃げたいけれども逃げられない、という感覚がよみがえるかもしれません。涙や冷や汗が出てくるかもしれません。
②時間が解決しない
私が尊敬する先生が仰った言葉ですが、「通常のストレスは飴みたいなもので舐め続ければ勝手に消える、トラウマ記憶は画鋲で、舐め続けても消えないし消そうと思って舐めれば舐めるほど口を傷つける」というのがあります。これは何を意味するかというと、通常のストレスはその記憶を考えたり解釈したりポジティブシンキングをすると時間経過とともにだんだんと薄まり次第に消えていくが、トラウマ記憶は考えれば考えるほど自分を傷つけていくという例え話です。逆にいうと、トラウマ記憶に悩まされているのは、あなたが弱いからではなく、トラウマの性質上仕方がないことなのです。
③孤立無援を感じる
ここは私の主観ですが、通常のストレスというのは、誰かに相談したり愚痴を言ったりして人とのつながりによって解消されていくことも多いです。一方トラウマ記憶を抱えている方の多くは孤立無援を“感じやすい”ように思います。トラウマ(PTSD)症状のある方の場合、自分の強みや良好な対人関係、今まで自分が成し遂げてきたことなどを「リソース」と呼びますが、そのリソースを過小評価する傾向があると言われています。簡単にいうと自分に自信がなくなるということです。人と繋がることや相談するという手段を自ら切り離すという方も少なくありません。また前述したように、トラウマを抱えた方は他人を信用したり頼ることが難しいことが多いです。その一方で「誰か助けて」という人間なら当然の感情もあることでしょう。そのジレンマに苦しむ方も多くおられるように感じます。
トラウマの症状は通常のストレスに比べて違いは明確にあるようです。
その現れ方は人それぞれですが、記憶の質や思い出した時のインパクトが異質です。また他人への信頼信用が難しいところも特徴です。
トラウマを抱えている人との関わり方
一番大切なのは、当たり前のことですが、トラウマを抱えていようがなかろうが「相手への配慮と尊敬を持って接すること」です。例えば、話したくないと言っている人に無理やり話をさせたり、苦手だと言っている状況に無理に晒すことは避けたほうが良いでしょう。
調子が悪そうな場合は、本人の希望を聞きながら休める場所へ移動するのも大切です。出来ることならば、もし調子を崩した時にはどうして欲しいか、という希望をあらかじめ聞いておくのも良い方法といえます。
難しいのは、相手の方がたくさんお話をしたい場合です。お話をしすぎるとフラッシュバック等の再体験によって興奮し感情コントロールができなくなる場合があります。また解離と言われるシャットダウン状態に陥ることも考えられます。そのため、「あなたの話を聞きたくないわけではないんだけれども、話をしすぎて興奮してしまうとお互いのためにならないから」という理由を添えた上で、話量をコントロールしてあげることが大切でしょう。
現在、トラウマ関連症状に対する治療は多く開発されていますが、それが出来る機関が少ないというのが一つの課題です。関心のある方は関連施設や病院で相談をしていただく事をお勧めします。
基本的な相手への尊敬と配慮はもちろん必要
たくさん喋りたい人には、相手の気持ちを尊重した上でコントロールが必要な場合があります。
まとめ
トラウマインフォームドケアは比較的新しい考え方です。世の中的にもトラウマという症状や概念について浸透はしていないと思います。今の不調がトラウマからきているかもしれない、なんて普通は考えないですからね。ただ、少なくとも私が関わってきた方々の中にはトラウマ関連症状を主訴に来院される方も多いのが現状です。セラピスト側はもちろんですが、それ以外の方にも知っておいていただけると有用ではないかと思います。
皆さんの理解の一助になれば幸いです。
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